溝口哲郎

 「紙の動物園 ケン・リュウ(著)早川書房

ある価値観だけが正しいということはない、ということをSF小説というジャンルで見事に表現した短編集。特に表題作「神の動物園」は、絶対読むべし。香港人の母親とアメリカ人の男性の間に生まれた少年。母親が作ってくれた折り紙に隠された秘密について、とても感動的で、かつ異文化で生活するということを考えさせられる一冊です。世界の見方が変わると思います。なお本書は世界的な賞(ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞)を3つ同時に受賞した傑作です。どの短編も、世界の違った見方を提示してくれます。

 

 「ハイ・ライズ J・G・バラード(著)東京創元社 
現在テクノロジーの背後にある破滅性というのを「高層住宅」という身近な世界の中で描き出した傑作です。1980年に出版された本ですが、上層階と下層階の間でのいがみ合いやトラブルなどが描き出され、最後にはある種のカタルシスへと収束します。場に規定され、囚われて破滅していく違和感を得られるでしょう。興味を持った人はぜひそのほかのバラードの作品を読んでみてください。現在のテクノロジーの中で生きる我々が「体験するかもしれない」何かがあります。
 「増補 夢の遠近法:初期傑作選」 山尾悠子(著)筑摩書房 

緻密に構成され、まるで数式のような幻想空間を味わえる至福の一冊。「誰かが私に言ったのだ/世界は言葉でできていると」という文章中の言葉から紡ぎだされたボルヘスの小宇宙を感じさせる基底と頂上が存在しない腸詰宇宙、という空間の住人たちの世界を描いた「遠近法」。どの短編もそれぞれ、緻密に構成され、硬質な文体で非常に数理的な世界を文字によって紡ぎ出していきます。幾何学的な世界間はある種、数式でモデル化された経済学とも共通していて、そのあたりを楽しむのもありでしょう。若いうちに出会うと小説の読み方が変わると思います。